本邦における前立腺肥大症治療薬のアドヒアランス調査
■ 学会名:
第26回日本薬剤疫学会学術総会
ポスター演題1(演題番号:a90136)
■ 発表者:
前川 拓也¹
原 梓¹
漆原 尚巳¹
1. 慶應義塾大学大学院 薬学研究科 医薬品開発規制科学講座
■ 研究概要:
第26回日本薬剤疫学会学術総会 抄録より引用
【背景・目的】前立腺肥大症は、日本における中高年男性で最も一般的な非悪性慢性疾患の1つである。慢性疾患の薬物療法における重要な問題の一つとして、薬物治療への遵守が低いことが知られており、基本的な治療が薬物療法である前立腺肥大症においても同様であると予測される。本研究では日本人男性の前立腺肥大症患者に対するα1遮断薬(AB)単剤療法、5α還元酵素阻害薬(5ARI)単剤療法、併用療法(CT)のアドヒアランスを比較し、薬剤レジメンが異なる患者での治療薬の使用実態への影響を調査することを目的とする。
【方法】本研究では、DeSCヘルスケア株式会社が保有するDeSCデータベース(以下、DeSC)、MDV社が保有する病院医療情報データベース「EBM provider」(以下、MDV)を用いて行った。調査対象者は2015年10月から2019年3月(DeSC)、2016年7月から2016年12月(MDV)の間に調査対象薬の新規処方が特定され、かつ、観察期間内に前立腺肥大症の傷病名コード(ICD-10 N40)を調査対象薬処方開始日以前に持つ患者を調査対象者とした。調査対象薬は、添付文書の「効能・効果」の項に「前立腺肥大症」または「前立腺肥大症に伴う排尿障害」と記載されている薬剤の中で、AB、5ARIとした。調査対象者を処方開始日時点の処方薬に基づきAB単剤療法群、5ARI単剤療法群、AB及び5ARI両剤によるCT群にそれぞれ分類した。調査対象薬処方開始日から、最後に記録された調査対象薬の処方日に最終処方時の処方日数を加算し、推定投与終了日とした。処方再開がない場合は、それまでの期間を薬剤継続期間として設定した。その推定投与終了日から90日以内に再度調査対象薬が処方されている場合は処方継続とした。アドヒアランスの評価指標は、Medication possession ratio(MPR)またはProportion of days covered(PDC)を用い、各投与群ごとに平均値を算出した。群間における平均値の差については、一元配置分散分析を用いた。MPR、PDCのそれぞれについて80%以上をアドヒアランス良好とし、各群の割合の差をカイ二乗検定で検定した。生存分析では、薬剤継続期間の終了をイベント発生として定義した。生存率の推定にはKaplan-Meier法を用い、群間比較にはログランク検定を用いた。全ての検定における有意水準は両側5%とした。解析アプリケーションは、SAS 9.4を用いた。本研究は慶應義塾大学研究倫理審査委員会の倫理審査を受け、承認後に実施した。
【結果及び考察】本研究の対象となった患者は、DeSCでは、AB群は7155人、5ARI群は137人、CT群は468人、MDVでは、AB群は353人、5ARI群は67人、CT群は48人だった。3群間におけるMPRの平均値(DeSC: AB群0.45、5ARI群0.61、CT群0.63、MDV: AB群0.64、5ARI群0.84、CT群0.59)、3群間におけるPDCの平均値(DeSC: AB群0.41、5ARI群0.54、CT群0.51、MDV: AB群0.59、5ARI群0.75、CT群0.55)に有意差が見られた(MPRについて、DeSC:p<0.0001、MDV :p=0.0059、PDCについて、DeSC:p<0.0001、MDV :p=0.0040)。MPR、PDCから算出したアドヒアランス良好の割合は、MPRについて、MDVでは5ARI群が68.7%であり、他の群(AB群:49.0%、CT群:39.6%)よりも高い結果だったが、 DeSCでは5ARI群のアドヒアランス良好の割合は40.2%であり、AB群(29.2%)より高くなったが、CT群(45.7%)より低い結果だった。PDCについて、DeSCでは5ARI群のアドヒアランス良好の割合は35.8%、MDVでは64.2%であり、他の群より高い割合が示された。3群間のMPR、PDCの比較では、いずれも有意差を示した(MPRについて、DeSC:p<0.0001、MDV :p=0.0033、PDCについて、DeSC:p=0.0005、MDV :p=0.0047)。生存分析による1年後の薬剤継続率は、5ARI群は56.9%(DeSC)、56.7%(MDV)であり、他の群と比較し高い結果となった。ログランク検定による3群間比較した結果は有意であった(DeSC:p<0.0001、MDV :p=0.0228)。5ARI群では、アドヒアランスや薬剤継続期間が他の群と比べて高いことが示された。その理由としては、比較的重症度が高く、病識が高くなり治療に専念するようになることが考えられる。また5ARIの効果発現期は数カ月とされており、AB単剤よりも治療期間が長くなる。CT群と比べて薬剤費の負担も低く抑えられるため、長期間継続できたと考えられる。
【結論】本研究では、日本人を対象とした前立腺肥大症患者における前立腺肥大症治療薬の使用実態調査を行った。前立腺肥大症患者のアドヒアランスは、低い結果となった。また、その中では5ARI群が薬剤継続期間が長く、アドヒアランスが高い結果となった。